THE LAGOM LIFE

うららかさんのちょうどいい暮らし

記録をしないと記憶は風化する、髪を染めた、疲れた

書き残しておかないと記憶は簡単に風化する。



「1週間家出したことがあって、久しぶりに帰宅したら姉がケーキを買ってきてくれた」

「21歳になった。母の病気が発覚して3年が経った。まだ母が生きていてくれてとても嬉しい」

「明日の朝もちゃんと目がさめるのかなって毎晩不安になりながら目を閉じるのよ」

過去のツイートを遡る機会があって見ていたらこういったことが書かれていた。

家出したことなんてすっかり忘れていたし、むしろ家出なんかしたのか私…って自分自身にびっくりした。

21歳のときに母がまだ生きていてくれたことを喜んだ気持ち、そして母の苦しみと悲痛な叫びも記録されていた。この9ヶ月後に彼女は亡くなっている。

亡くなった母とは仲が良くないくせにわりと相談事とかを聞いていたように思う。まあわたしには愚痴が言いやすかったんだろう。


なんとなく17から22までの、あの頃のことを思い出すと、毎日まいにち母から死への恐怖や殺して欲しいとかわたしがいかに出来損ないなのか(容姿に関することや態度、性格など)を聞かされていて、心に何枚も分厚い壁ができていたように思う。

そりゃあ何も聞きたくなくて見たくなくて家出もするよなぁ。

プライドもずたぼろにへし折られて、醜いとかブスとかデブとか、性格が悪いとかそんなんでよく友達がいるよねとかワガママだとか、お前には才能がないとか、母が生きていたときは1日足りとも欠かすことなく言われ続け

小学6年のときに未来への自分へと称して母を殺してくださいと懇願した手紙も書いたこともある。

自殺しないで生き延びただけ私はすごい、えらかった。偉かったと思う。

良く頑張ったね、えらいね、じぶん。



母を殺してしまいたいほど恨んだ気持ちと、それでも母が生きていたことが嬉しいという気持ちと、喜怒哀楽がすべて入り混じって苦しくて何をどう感じたらいいかもわからなかった


こういった気持ちの持ち方、整理の仕方も、今度カウンセラーのひとに聞いてみよう。

思い出すたびにドロッとした気持ちが湧いてくるし、母の言葉が頭の中で反芻する現象にいつもなやまされてしまうことを


もういい加減克服したいんだ


(木)
美容院に行って髪を切った染めた。美容院で鏡に映った自分が醜くて驚いた。よくこんな顔して髪型をして生きてたな、と。やはり人前に出なくなると自分の身なりに疎くなる。これは良くない。だから太ったんじゃないかな。甘くなってしまう。

ひさびさに人と会話をした。美容師。進歩したじゃないか、ちゃんと笑いながら会話できた。

  • 朝 なし
  • 昼 カフェラテ
  • 夜 担々麺


(金)
一日中寝ていた。起きたら20時だった。ひとに会って、会話をして、鏡を見続けなくてはいけなかったのが割とこたえたのかもしれない。

単純なことなのに、ものすごく心のエネルギーを消費するんだな。

疲れ切って寝ていた。

明日は予定があるので風呂に入りたくて、銭湯に行った。23時。夜遅くなろうが、きちんと風呂に入るとだらけてしまったという罪悪感が消える。

きちんと外に出て風呂にも入れたのは偉い。ほんの1ヶ月前の7月なら、そのままベッドの突っ伏して何もできない自分を卑下して、さらに落ち込んで過食していた。

少しずつでも、回復してきたのかもしれない。